2026/04/23 15:16
なぜこの作家は「特許」を取るまで技法を突き詰めたのか?
一見するとグレーに反射する不思議な模様。そこには、湿度や温度を操り、偶然と必然の間に立ち上がる「障壁の可視化」という深いテーマが隠されています。
今回は、新作「In BLUE00」や代表作「静かの海」を制作した 片平ゆふ子さんの根源的なストーリーを、対談形式でお届けします。

目次
1.根源的なストーリー:「インナースペース」と「皮膚」のコンセプト
2.独自技法の探求:特許油絵、版画、インスタレーションの制作論
3.制作哲学と活動の方向性
4.経済活動と制作時間の確保
5.「見立て」の美意識と鑑賞者との関係
1. 根源的なストーリー:「インナースペース」と「皮膚」のコンセプト
川田:アートに興味のある人々は、作品そのものだけでなく、芸術の、アートの本当のことを喋る人間を求めています。
ですから、片平さんのアートについての考え方や、作家という生き方を選んだ経緯などをまず紹介して、その上で特許を取るに至ったストーリーをお伺いしたいと思いますが、それについてお話し頂けますか?
片平: ありがとうございます。
おっしゃる通り、多くの方は技法そのものよりも、どのような人間がどのような経緯でそこに至ったのかに関心を持たれていると感じています。
私の場合、特許を取ること自体が最初から目的だったわけではなく、制作の中でどうしても解決できない問題に長く向き合い続ける中で、そこで得たものを自分の中だけに留めておくのは勿体無いと思い、あの形になりました。特許法上便宜的に新規発明と呼んでいますが、内容も特別なことではありません。
私は古美術のコレクターである父のもとに生まれ、現代美術とは異なる価値観の環境で育ちました。比較的裕福ではありましたが、同時に父の暴力に晒され続ける緊張感のある家庭で育ちました。家庭でも外でも安心できる場所が無い中、自己の内面の世界が唯一自分の居場所でした。
そうした中で、自分の内側にひとつの空間のようなものを見出して、そこに身を置くことでバランスを取ってきた感覚があります。この経験が、「インナースペース」という発想につながり、命名した技法の「レゾナンスペインティング」に繋がります。
父が存命のうちは詳細に語ることは控えたいと思っていますが、そうした出発点から、内面に生まれる感覚やイメージをどのように外に取り出し、他者と共有できる形にするかということに関心を持ち続けてきました。
その中で、深い光沢や自分の中にある概念の宇宙の奥行きをどのように成立させるのかという点には難しさがあり、その問いが制作の大きな軸になっていきました。
こうした問題意識から素材の探求を本格的に始めたのが2012年頃です。既存の絵画材料だけでなく、あらゆる分野の素材で試行錯誤を重ねてきました。
今回の技法は、身体的な感覚と手の経験の積み重ねの中で形になってきたものです。その上で、特許という形式を選んだのは、個人的な経験にとどまりがちな技術や知見を、ひとつのかたちとして外部に開いておきたいという思いからでした。
川田: 素晴らしいですね。片平さんしか獲得し得ない経験が語られていて、きっと視聴者さんの中にも共通の経験を見出して、強く共感し合える内容です。
片平さんの出品されている平面作品は、ご自身のコンセプチュアルな発表活動、例えばインスタレーションやオブジェクティブな作品の形態がある中で、どのような役割がありますか?
私は、漠然としてですが、コンセプトの中に、肌や皮膚というテーマがあるように感じていますが、そういう理解でよろしいでしょうか?
もし、皮膚や肌というテーマがあるとしたら、その由来やきっかけなどをお聞かせ下さい。
片平: はい 皮膚をテーマにしています。私の家には、蛇の部屋というものがあり、15匹ほどの蛇が家で飼育されています。
父が皮を集めていて、よく私たちに配っていました。
そういう背景から、脱ぎ捨てられた縮んだ皮が奇妙だなと、よく考えを巡らせていたんだと思います。
特に蛇の体格は差があるのに、身体から離れて脱ぎ捨てられると、メモがなければどれも同一の存在に見えます。
すごくその存在の痕跡として情報が詰まっている部分のはずなのに、同じもののように見えてしまうのが不思議で、そこに関心があります。
あとは私は、感覚過敏があります。
薬で落ち着けていなければ、肌から香る匂いから直前に食べた食べ物がわかるので、皮膚ってなんか不思議だなとよく考えます。
インスタレーションや版画は、身体という空間に対する距離や視点を変えて、油絵ではどうしても話しきれない部分や、感覚の断片というのでしょうか。そういうのを扱っています。
油絵は、私の極めて個人的な日記的な思考の断片を描いているので、一番自分に近い作品です。
版画やインスタレーションは自己から拡張して、他者や社会を意識しています。
川田:貴重な経験を書いて下さって、とても説得力のある内容と感じました。
片平:ありがとうございます。自分の中でもさまざまに考える機会となり、大変勉強になっています。
これまでなるべく言葉にしないようにしていたことも、言語化することで改めて整理されていく実感があります。
2. 独自技法の探求:特許油絵、版画、インスタレーションの制作論
川田: 片平さん、インスタレーションの画像からは、抜け殻のような皮膚感覚がリアルに伝わってきて、片平さんのお話を伺う度に、作品を実際に見て確かめてみたいと思うようになってきました。
今回応募してくださった、特許を取られたという作品シリーズは、抜け殻のようなイメージは受けませんが、硬質で光沢のある画肌は、とても対照的です。それぞれの素材について詳しく聞いてみたいと思います。
その素材を選んだ理由や、その違いにどのような意味が込められているのか?
また、今回特許を取られたという手法が、どのような形で生まれてきたのか?素材が先か、手法が先なのか?
あるいは、それらはふと頭に浮かんだアイデアなのか?長年の追及の結果なのか?
特に、片平さんは、版画科を卒業されていますから、美術大学での学びや卒業制作から浮かんできたアイデアなのか?
その辺りをお話しいただければと思います。
片平: インスタレーション作品についてですが、毛穴まで追えるほど、非常に繊細な凹凸を持った表面をしています。

実際にご覧いただくと、より皮膚のような感覚が伝わると思いますので、いつか直接お見せできましたら嬉しく思います。

実際にご覧いただくと、より皮膚のような感覚が伝わると思いますので、いつか直接お見せできましたら嬉しく思います。
特許を取得した絵画作品については、「内側に落ちていくような感覚」や、「天地の感覚が失われるような錯覚」を生み出したいという思いが出発点にありました。
日常の中でその感覚について考え続けていると、「これが近いのではないか」「応用できるのではないか」といった断片が少しずつ蓄積されていきます。
あるとき、漆の床を歩いた際に、自身の身体や周囲の風景が強く映り込み、そこに落ちていくような感覚を覚えました。
それがまさに、油絵において実現したい体験と重なり、そこから光沢の研究を本格的に始めました。
最初は光沢のみを対象としていましたが、最終的には映り込みを成立させるための背景色などについても研究しました。
一方でインスタレーションは、自身の内面から少し距離を取り、他者や身体を媒介に扱うための形式の作品を作りたいという思いから出発しました。
そのような中で、カー用品店で見つけた素材が結びつき、「これを人体に置き換えるとどうなるか」と考え続ける中で、ある方法が浮かび、実験的に試したところ成立した、という流れです。
私の場合、制作は大きく三段階で進みます。
まず表現したい感覚やイメージ、思考があり、それに対応する素材と出会い、その後にそれをどのように扱うのか、再現するのか、あるいはそのまま用いるのかを検証していきます。
手法は結果として最後に立ち上がることが多いです。
手法が先行する場合、作品として成立した際に技術が前面に出すぎてしまい、違和感が残ることが多いため、あくまで「何を表現したいのか」と「それに適した素材」を起点に考えています。
版画に関しては、心の障壁のようなものを可視化したいと考えた際に、漆を用いることを思いつきました。
その際、「黒の世界において成立する色は黒しかないのではないか」となんとなく思い、漆の上に黒の油性インクを刷ることで、黒の中に別の黒を立ち上げる表現に至りました。
そうすることで、イメージしていた抵抗感を表現することができました。
アイデアの多くは、日常の中での観察や経験の蓄積の中から不意に浮かび上がってくるものです。
版画科での経験については、馬場章先生の存在が大きく、その知識の深さに強い刺激を受けました。
直接的な指導というよりも、対等な作家として扱っていただけたことが印象に残っています。
入学後は、油絵はある程度自分で進められると考え、絵画を別の角度からより深く理解するために版画に移りました。
加えて、当時油絵にコラージュを取り入れていたこともあり、保存性の観点からメディウムを使用したくなかったため、油絵具を用いて版画的なプロセスを油絵に組み込みたいという意図もありました。
また、版画設備を使用するためにはコースに所属する必要があったことも、選択の一因です。
学生時代は、制作した版画を自作したプロジェクターで投影し、「どちらが版画か」と問いかけるような作品を制作するなど、やや異質な立ち位置にあったと思います。
コースを変更する前から、学校では木工室やPCルームに入り浸っていました。
絵画コースのアトリエでできることは自分のアトリエでもできるので(他学年の子とアトリエを外に借りていました)、美大の設備を使い倒すことに情熱を注いだ学生生活です。
私のようなタイプは大学に入ってよかったと思っています。
油絵とインスタレーションの素材の違いは、同じテーマを掘り下げる際の「距離」によるものです。
油絵がまさに内側そのものの表現だとすると、インスタレーションはその内側を包む最初の境界にあたるため、やはり皮膚のような、乾いたざらざらとしたイメージを持っています。
川田: 具体的な質問をさせて下さい。インスタレーションの例えば「私が生きる肌」という作品は、メディウムとかボンドのようなものを自分の肌に塗って乾かした後に剥がしたもののように見えるのですが、そういう見方で良いでしょうか?また、その制作では、ご自身の肌を保護するために工夫したことや、苦労した点をお聞き出来ますか?
片平: ボンドやメディウムではなく、ラバー系ポリマーの一種で、乾燥後に薄い膜を形成して剥がせる素材を使っています。
肌にそのまま使うと刺激が強いので、ワセリンで保護しています。
同意を得た上でモデルを使用しているのですが、事前に入浴してもらって全身を消毒するなどの工程も行っています。
この工程に加えて、モデルはガスマスクと保護ゴーグルをつけた状態で長時間じっとしていないといけないので、モデルにとっても負担の大きい作業だと思います。
川田: 大変な制作ですね。彫刻の歴史上に、度々人間から型をとってリアルな表現をして来た作家の名前もいくつか思い起こされます。
彫刻的な表現でもあり、また彫刻が見落として来た、皮膚だけを取り出す表現とも言え、とてもユニークですね。
ご自身の特異な子供時代の家庭環境が、あってこその作品になっています。
片平さんには、まだお会いしていないわけですが、こうしてチャットをする前から、作品を通して感じて来た、漠然とした「残酷さ」「硬さ」「繊細さ」「触覚へのこだわり」などの理由が少しずつ見えて来たように思います。
片平: 川田さんとの会話を通して、これまで見落としてきた気付きを得ることができ、とてもありがたく感じています。
作品について感じ取っていただいていたことを言葉として受け取ることで、自分自身の制作をあらためて見直すきっかけにもなっています。
川田:今回、作品販売サイトに出品していただいている、例えば、「分水嶺01」サイズ:98×98×5mm 素材:シルクスクリーン・タイルについて、制作方法を簡単に差し支えない程度に教えて下さい。
一見、硬質な素材なので、絵画作品かなと?と思うのですが、実は、シルクスクリーン技法を使っているという意味では、複製作品でもあるのでしょうか?
エディションについてはどのように考えていらっしゃいますか?また、黒いタイルは、既製品でしょうか?それとも塗料は特別に塗られていますか?また、線描部分の素材など、そして何回刷ってあるものなのか?教えて下さい。
また、この作品は、裏をよく見ると、やはりエディションはあるようです。また、INAXのタイルであることもわかるので、版画性とレディメイドとの融合作品のようにも見えてきて、発見があり、とても面白いなぁと思ってしまいました。複製芸術とレディメイドとの融合については、明確に意識してのことですか?また、どのようなコンセプトがあるでしょうか?
片平:少数ではありますが、エディションはあります!
分水嶺とちがい、Esseは自分で木を切って研磨するところから始めていますが、分水嶺は既製品のタイルを使用しています。タイルは下地処理をしてから、漆を塗装しています。
版画の版はデジタルで制作してから、シルクスクリーンで油性インクを使って刷っています。
油性インクを使う理由は、水性と違って乾燥後も肉痩せせず、乾燥前のようなインクの盛り上がりを保てるためです。
そうすることで、漆の黒が非常に深い黒なので、油性インクとの反射の差によって、対比でグレーのように見える効果が出ます。
Esseは断面にも傾斜をつけていて、手作業だからこその支持体の工夫があります。
それによって、作品から空間へのアプローチが少し柔らかくなるイメージです。
エディションは元々少なかったのですが、最近では支持体の制作負担もあり1枚になっています。
もはやモノタイプと割り切っています。
元々版画は、油絵で小作品が作りにくい体質や、ドローイングが苦手だったこともあり、始めた経緯があります。
買いやすい価格やサイズに設定していますが、支持体の都合上、大量生産を前提とした作品ではありません。
次は漆以外の素材も検討していますが、まだ試行中です。
なかなか面白い視点だなあと思いました。レディメイドとの関係性を明確に意識していたわけではないのですが、結果としてそういう構造にはなっていると思います。
支持体はゼロから作ることも多いのですが、この作品に関しては、タイルという素材が本来持っている役割や印象も含めて版画として扱えたら面白いなと思い、選びました。
油絵も軽量化のため、支持体を特殊な作り方で制作しているのですが、
何に描くのか、どこの工程から作り始めるのか……から、いつも考えて制作しています。
川田:片平さんは、コンセプチュアルアーティストだと、最初はそう理解しようとしたのですが、良く話を伺うと、身体性、工芸性が強いので、私だったら、レディーメイドをもう少し強く出して、バランスを取る方向を選ぶと思います。
けれど、ご自身の人間的な物語も紡いでくるので、そこに骨董的な質の良さも無意識に出して来ますね。
そこがユニークで、味わい深いところです。
今回、私たち事務局側としては、片平さんのミニマルなスタイルに、心を奪われて、素材とか技法の説明なしに、すぐに無条件で取り上げようと感じました。それは、やっぱりクオリティが高いと、画像だけからでも分かるからです。
これは従来のコンセプチュアルアートやレディメイドにはない路線です。
その一見矛盾した在り方がユニークだし、気になって、深く知りたいと思わせる。それはある視点からは、矛盾だったり弱さだったり、複雑さとネガティブに捉えられてしまうのかも知れませんが、私は違います。
欠点や弱さ、毒や問題を抱えているもの程、人を磁石のように釘付けにしたり、虜にするものだと思うんです。
今回油絵の方は、特許を取られていて、ツルツルしていて硬質で、硬くガードしている感じが、逆に弱さであったり、反射して撮影しにくいんじゃないかとか、色々欠点も感じたのですが(辛辣な言い方ですみません)でも、そうした欠点がなぜか逆転して、受け止める側が「何とかして、その良さを伝えねば」と思わせ、動かす力があるという意味では、かなり巧妙な手管のようでもあります(苦笑)東洋の武道の奥義のような「無抵抗の抵抗」的な感じで面白い。
油絵の手法についても説明して頂けますか?実際何が描かれているのか、良くわからないのです。実物を見ていないのを本当に申し訳なく思っています。
片平:自分では工芸性を強く意識したことはないのですが、高校生になるまで現代美術よりも、根付や印籠といったものを身近に見てきたことは、影響しているのかもしれません。
そのようなご感想をいただけて嬉しいです。
自分の興味が偏っているので、何を生かして何を抑えるかを、制作の中で考える機会が多いです。それが筆致なのか素材なのかは作品ごとに異なりますが、その選択の強弱に美術の面白さがあると感じています。
ただ、私の選択は極端なので、おっしゃる通り欠点も大きい作品です。特に版画は、場合によっては「何も見えない」と感じられてしまうリスクもあると思っています。
そのため、作品の入口にすら立ってもらえないこともあるのですが、それも含めて自分としては気に入っています。
今回の油絵作品はネット販売の機会に合わせて完成させたものでもあります。
描画層に見える白いモヤは、空気の痕跡を描いています。絵の具を撹拌して泡立たせ、空気を含ませた状態で画面に落とし、様子を見ながら滲ませています。
また、その白いモヤとは異なり、一見グレーに反射して見える箇所は、湿度や温度を調整することで表面に現象的に生じる模様です。
この現象が、障壁が可視化されたように見える点に面白さを感じ、絵画として扱えないか試行錯誤しています。
この油絵は、特許の技法からさらに派生させた作品です。
特許では高反射の画面をつくるところまでですが、この作品ではそこからさらに展開して、その光沢素材に特定の条件を与えることで、現象を起こして定着させています。
現在は、この模様をどのように生み出すかについても研究を進めています。
その『曜変天目茶碗』に魅せられて、多くの作家が再現しようとして、ある程度までは再現が可能になって来たようです。その世界にちょっと近い気がしています。ですから、「引用される作家」を目指した場合、もしかしたら、こちらの世界の方が近道なのかな?とも思う部分もあります。
私としては、今回ご自身のWEBサイトのフロントに掲載されている、金魚が二匹描かれている絵画作品にも心奪われました。それで、当作品販売サイトでは、「抽象」とある程度限定していて、悩ましくも感じたのです。しかし、物質が現象として描き出す斑紋も魅力的ではあります。
東洋には、「見立て」という、自然の美を楽しむ世界がありますが、ご存知でしょうか?道端の石の模様や流木の形に、仏を見るだけでなく、仏を彫り起こしていくような創作です。もしかして、金魚もそのようにして描かれたのかな?と想像してみたのですが、どうでしょうか?
そして、今回販売されている作品にも、見る人によって、さまざまな形が立ち現れてくるでしょうか?
後編記事に続く




