2026/08/15 18:32

e-ART-h kikaku(アース企画)で作品をご紹介している作家・川上智久さん。今回のブログ記事では、約1週間にわたりチャットを通してお聞きした取材の様子を、発言内容をそのまま全記録する形でお届けします。
前編では、川上さんが絵画の道を歩み始めたきっかけや、制作の根幹をなすテーマ「生生流転」に辿り着いた背景について、じっくりとお話しいただきました。
【前編】目次
1.制作の原点と作品スタイルの変遷
2.制作テーマ「生生流転」
——人のいない熱帯雨林に描く生命の循環
3.凝縮された時間と技法:
間接画法と100点のエスキース
4.テーマとの出会いと「描くこと」の意味
5.(次回・後編へ続く)
5.(次回・後編へ続く)
1. 制作の原点と作品スタイルの変遷
川田:川上さん、本日から取材で毎晩、質問を投げ掛けて行きますので、マイペースでの回答、よろしくお願い致します。読者は川上さんのことを全く知らない、ということをベースにお答え下さい。
川上さんが、作品制作をしようと思った最初のきっかけを教えて下さい。
川上:私は当初、ファッションデザイナーを目指していました。デザインやアイディア、コンセプトを考えることは非常に楽しかったのですが、一方で糸や布という素材が、どうにも扱いづらく苦手でした。
そのような中で、運良くも学校が美術にも力を入れており、絵画の教授(恩師)が、私の絵を褒めてくださったこと、また絵の具という素材が自分には合っていたことをきっかけに、絵画ゼミに入り、絵画制作を始めました。
そもそも幼いころから絵が好きだったのですが、選択肢の1つとしては全く意識していませんでした。ピカソやゴッホは、どこか違う世界のおはなしの国の人のような感覚だったと思います。ですが、恩師の存在、研究室の本棚にあった洋画壇の図録などを見るうち、「どうやら世の中には画家という職業があるみたいだぞ」と実感をともなって知った次第です。
川田:その作品は、どのような作品でしたか?サイズや素材、スタイルなども含めて教えて下さい。
川上:約25年前のことで、きっかけになった作品が、どのような作品であったのかは覚えていませんが、制作するたびに、恩師が私の作品を随分と誉めそやしてくださったので、のぼせ上がって調子に乗ってしまいました。
川田:その作品から現在の作品スタイルに至った経緯も教えて下さい。
川上:恩師である学校の教授は、人物を扱う具象作家で、ニューペインティング調の絵を描いていました。ゆえに私も、何の疑いもないまま具象絵画を描いていました。在学中に具象で独立美術協会に出品しましたが、具象絵画の記号性や物語性が、次第に枷のように感じるようになりました。その理由は簡単で、当時の私は、絵を「表現」に昇華させなければならないと思い込んでおり、「絵で何かを表現する=絵で語ること」と思っていました。
ですが何かを語ろうにも、20代そこそこですから絞っても1滴も語ることが出てきませんでした。それでも根気よく続けることが画業だと今では思うのですが、当時の私はコンポジションのみで画面を成立させたいと思い至り、抽象絵画へ移行しました。また抽象絵画へ移行する、その他のきっかけとしてですが、断定はできませんが、郷土の作家に岡野耕三さんという作家がいました。私が実際の抽象絵画に触れたのは、地元で開催された岡野耕三さんの没後まもない回顧展でした。
岡野絵画を意識して制作したことはありませんが、振り返ってみると、岡野絵画との出会いが抽象絵画を意識するきっかけだったのではないかと思っています。ただ断定できない理由として、岡野絵画より前に、野見山暁治さんを意識したような気もしておりまして、時系列がはっきりしません。ただ岡野耕三さんの作品を知る方から、私の作品に岡野の影響を感じるとおっしゃっていただいたことがあります。
その後、抽象絵画から、現在の抽象的な具象絵画へと移行していきました。
川田:最後の文章の「抽象絵画から、現在の抽象的な具象絵画へと移行していきます。」というところが飲み込めませんでした。ご自分では、今のスタイルは、具象絵画というご自覚なのでしょうか?
川上:私の現在の作品は、具象絵画だと思っています。理由は、熱帯雨林の植物をモチーフにしているからです。私の中での抽象と具象の区別は、比較的単純です。
実際に存在するものをモチーフにする場合は具象絵画。モチーフが存在しない絵画が抽象絵画です。
2. 制作テーマ「生生流転」——人のいない熱帯雨林に描く生命の循環
川上:私の作品の舞台は、赤道直下のどこかに存在する熱帯雨林です。そこは、私にとっての理想郷です。
しかし、それは人間の欲望が満たされる場所という意味ではありません。
人間中心の視点から一度離れ、生命そのものの営みを静かに見つめるための場所です。
この熱帯雨林には人の姿はありません。
花が咲き、果実が実り、種が落ち、雨が大地を潤し、新たな生命が芽吹いていく。
私は、この生命の循環を、「振動」と「落下」という二つの現象を通して描いています。
花や果実、種、草木が振動する姿は、生命が今ここに存在していることそのものの表現です。
一方、落下する姿は終わりではありません。
花が散り、葉が落ち、種が大地へ帰り、雨がその大地を潤すことで、新たな生命が芽吹いていく。
その循環こそが、私が表現したい「生生流転」です。
この世界では、生命は誕生と消滅を繰り返しながら、絶え間なく存在し続けています。
そこには、人間が抱えるような死への恐怖や、生きる意味への問いはありません。
しかし私は、だからこそ、この人のいない楽園を描くことで、人間が有限の時間を生き、多くの経験を重ね、最後には死へ向かうことの意味について考えています。制作を続ける中で、仏教思想に触れる機会がありました。
その学びは、私の作品を変えたというよりも、以前から描き続けてきた世界を、より深く見つめ直す機会となりました。
現在は、生命への感謝と、人間もまた大きな循環の一部であるという実感を持って制作しています。
私にとって絵画とは、単なる表現ではありません。
生命の本質に触れるための営みです。
私は1点、1点の作品を、私自身にとっての「イコン」のようなものとして制作しています。
それは特定の宗教を示すものではなく、生命の循環を見つめるための絵画です。
長い時間をかけて生命が育まれた熱帯雨林のように、私自身もまた、経験と時間を重ね、このテーマを描き続けていきたいと考えています。
3. 凝縮された時間と技法:間接画法と100点のエスキース
川田:制作テーマ「生生流転」の文章、ありがとうございます。この文章を読んで、川上さんの作品タイトルに込めた熱のようなものが伝わって来ました。
私は、横山大観 作「生々流転」を東京国立近代美術館で見たことがあるのですが、その作品は水墨画の崇高な世界が展開されていながら、どこか抽象的な要素も感じられて、大来なテーマを苦心して作られているなと実感したことがあります。
美術館の作品解説には、
「天から降った雨の一滴が、あつまって渓流となり川へと成長し、さらに大河になって大海に注ぎ、最後は飛龍となって天に昇るという、流転する水の一 生を描いています。全長40メートルにもおよぶ絵巻物に描いた壮大なスケールの物語ですが、決してこれで終わりではありません。龍として天に昇った水は再び一滴の 雫に姿を変えて新たな一生を送るのです。水の流れに万物の移り変わりを見る壮大な自然観、人生観が、水墨画のさまざまな技法を駆使して描かれています。【重文】」とされています。
これに対して、川上さんの作品は、何と軽やかで、柔らかく、優しさに満ちているのでしょう!私たちの等身大の生々流転であり、小宇宙に大きな世界が宿っている作品となっています。
川田:そのようなスケールの凝縮には、様々な工夫が込められているとお聞きしました。ここで、この記事を読んでいる方々にもわかるように、この作品を完成させるまでに、どのような下準備があったか、をお話いただけますか?
川上:横山大観の作品をご紹介くださりありがとうございます。
また私のテーマ生々流転についてもご理解をたまわりまして、ありがとうございます。とても嬉しく思っています。
川上:私の制作についてご説明する前に、私が制作で用いている画法と、エスキース(下絵・小下図)についてお話ししたいと思います。
具象絵画には、大きく分けて「直接画法」と「間接画法」という二つの画法があります。
まず、現在主流となっているのが直接画法です。アラプリマという言葉でご存じだと思います。完成までを比較的直接的に描き進める方法で、エスキースも大まかな構図を確認する程度のものが多く、本制作では写真や経験、想像力をもとに描き進めていきます。
一方、私が用いているのは間接画法です。こちらは写実絵画や古典技法でよく用いられる方法で、エスキースを非常に丁寧に作り込みます。日本画の制作工程をご存じの方であれば、小下図から大下図を起こし、念紙で本画へ転写する流れを思い浮かべていただくと近いかもしれません。
間接画法は古くから用いられてきた技法です。当時は絵具が貴重で、絵の具作りにも大きな手間がかかったため、本制作で迷ったり失敗したりしないよう、事前の準備がとても重要でした。
まず白黒で明暗を描き起こし(グリザイユ)、その上から透明な色を幾重にも重ねていきます。ヤン・ファン・エイクの《アルノルフィーニ夫妻の肖像》は、その代表例として知られています。
直接画法にも間接画法にも、それぞれ異なる美しさがあります。しかし私は、色が幾重にも重なって生まれる、透明感のある画肌(マチエール)に魅力を感じています。そのため、現在も間接画法を用いて制作しています。
さて本題です。私は本制作にとりかかる前に、数多くのエスキースを作ります。作品によって異なりますが、100点ほど作ります。この段階では、モチーフの配置や色彩のバランスなど、コンポジション(構図)を検討します。
方向性が定まった後も、エスキースをさらに描き込み、分割線を引くなどして微調整を重ね、自分が最も収まりがいいと感じられる構成を探していきます。
ただ、私にとってエスキースは構図を決めるためだけの作業ではありません。
私は「生生流転」をテーマに制作していますが、エスキースを重ねる時間は、画面の構成を考える時間であると同時に、そのテーマと向き合い、作品の中に流れる物語を少しずつ育てていく時間でもあります。
この作品に込める思考や時間、そしてテーマを少しずつ凝縮していく過程を質問の「スケールの凝縮」と捉えてよろしいでしょうか?
エスキースには、おおよそ1〜2か月ほどの時間をかけています。
4. テーマとの出会いと「描くこと」の意味
川田:また、この作品タイトルを、今後も取り組んでいかれるということですが、どういうきっかけでこのテーマに辿り着きましたか?
川上:私は父子家庭で育ちました。20歳頃、父が救急搬送されたことがあります。そのとき初めて、「肉親を失うかもしれない」恐怖と対峙しました。幸い、父は回復して、今も元気ですが、この恐怖は今も私の中に残り続いています。
それが、「生生流転」というテーマの原点です。
当時の私は、別れの悲しみのない世界があるなら、そこへ行きたいと思っていました。
その思いから、人の存在しない熱帯雨林という架空の場所を作品の舞台にしました。
そこでは植物の生命が静かに循環します。生と死は対立するものではありません。私はその世界を描き続けることで、やがて別れを迎えること、生きることの意味を考え続けています。
川田:このタイトルと決めるに当たって、川上さんが手応えを感じている点もお聞かせください。
川上:手応えと言っていいのでしょうか。気持ちの面では、若い頃よりもずいぶん安定したように思います。しかし、やはり別れは怖いものです。
一方で、1つのテーマを持ち続けることには、大きな意味があるとも感じています。同じテーマに繰り返し向き合うことで、自分自身の理解が少しずつ深まり、作品もまた少しずつ育っていくからです。
以前、恩師から「君の歳には、このテーマは重すぎるからやめた方がいい」と言われたことがありました。それでも続けてきて、本当によかったと思っています。
恩師は何かを押しつける方ではありませんから、それだけ私のことを案じてくださっていたのでしょう。「生生流転」という言葉は、横山大観や壮大な日本画を思わせるような、大きなテーマでもあります。その重みを考えての言葉だったのだと思います。
この場をお借りして、恩師・森田康雄先生をご紹介させていただきます。
私にとって森田先生は、絵画の技術だけでなく、絵画を愛することを教えてくださいました。機会がありましたら、ぜひ森田先生の作品をご覧いただければ嬉しく思います。
【前編】結び(次回予告)
前編はここまでとなります。
「生生流転」という大きなテーマに向き合い、100点近くのエスキースと間接画法によって重厚な表現を紡ぎ出す川上智久さん。
次回の【後編】では、川上さんがe-ART-h kikakuへの応募を決めた想いや、画面に漂う「見ゆ」の精神、白ジェッソで作られる独特な下地の秘密、そして今後の作品発表への展望について深く迫ります。どうぞお楽しみに!
