2026/08/05 20:47
e-ART-h kikakuで作品をご紹介している作家・繁田直美さんの取材を、2026年4月からチャットを通じて行ってまいりました。 当初は、繁田さんの作品が句集などの本の装丁画に採用されたことをご紹介する目的でスタートした本インタ ビュー。対話を重ねる中で、アメリカ留学時代のお話、表現方法の模索とドラマチックな作風の移り変わり、そして50代から始められたチェロの演奏と絵画制作の思いがけない共通点など、作家としての深遠なストーリーが明かされていきました。 繁田さんの言葉の端々から伝わる、長年積み重ねてこられた制作活動への静かで熱い想い。前編では、装丁画採用の経緯から作風の変遷、ドローイングと音楽の共鳴についての対話をそのままお届けいたします。ぜひご一読ください。
本の装丁画への採用とその背景 日本の美大からアメリカの美大へ——ファインアートとの出会い 作風の移り変わり:「緑のストローク」から「転写技法」へ 身体感覚と“今”をうつしとるドローイングへの回帰 チェロの響きと絵画制作の共鳴
川田: 繁田さん、こんばんは。今、出品作家さんたちの作品を販売するだけでなく、それぞれの制作や活動を紹介するページを作成して行こうと、いうことになり、取材を始めています。作品画像だけでは、その良さを伝えることはとても難しいからです。 もし繁田さんのご都合がよければ、このチャットを使って、毎晩私からいくつか質問をして、それにご返答いただく形で、取材させて頂きたいと思っています。いかがでしょうか? 特に、最近、本の装丁に作品が取り上げられていらっしゃいましたから、それを話題の中心に紹介できればと思っています。よろしくお願いいたします。 繁田: はい、よろしくお願いします。 川田: まず、質問として、最近繁田さんの作品が、本の表紙の装幀画に採用されました。その本の紹介と、その採用のきっかけをお話しいただけますか? 繁田: 装幀画を採用されたきっかけは、大学時代の友人がグラフィックデザイナーで、担当していた本の装幀画を依頼されました。複数のイラストレーターやアーティストに装幀画を依頼し、出版社と作家がその中から最終的に選ぶという形式でした。 その出版社は主に自費出版物を扱っていて、私の装幀画が使われた本はいずれも自費出版の俳句の本です。 川田: その本のタイトル、著者名、出版社名、出版年などの情報も教えてもらえますか? 繁田:『句集 桜の実』秋山ユキ子 著(東京四季出版、令和4年発行)と『句集 花の心』高瀬和子 著(東京四季出版、2024年発行)』です。
川田: とても素敵ですね!句集のタイトルも素敵ですし、作品の画像の色やタイトルの文字デザインなど、魅力的に装丁がされていますね。 質問1:こういう装丁画採用の場合、出版社から本のタイトルが伝えられて作品を制作するのでしょうか?それとも、繁田さんからすでにある作品をいくつか提案して、その中からデザイナーさんが選ぶのでしょうか? 繁田: デザイナーさんから本のタイトルと装丁デザインのイメージ(かなり抽象的)を伝えられて、何枚か描きます。その中からデザイナーさん、または出版社や著作者が選びます。 また、デザイナーさんから過去の作品を部分的に使いたいと言われる場合もありました。 川田: 質問2:繁田さんは、長年作家活動をされていますが、作品を発表するだけでなく、デザイナーさんと組んで作品が本という形で紹介されることも素晴らしい業績ですね。このような仕事は、もっと積極的にしたいですか?それとも難しいなと感じる点などありますか? 繁田: このような仕事は機会があればやってみたいです。これまでに本以外にもCDカバーや企業誌の表紙、浴衣に絵を描くなどの仕事もした事があり、どれも良い経験となりました。個人的な作品の制作とは異なり、様々なクライアントからの要望があるので難しいのですが、規制がある中でも自分らしい表現をしてそれがカタチになる喜びもあります。
川田: アメリカでは、どのようにしてドローイングを学びましたか?どのような教育だったのでしょうか?なぜ、絵画ではなく、ドローイングが好きになったのでしょうか?今、振り返って、その経験がさらに活かせているのではないかと感じるので、経緯もお聞かせくださいますか? 繁田: 私は日本の美大ではグラフィックデザインを専攻していました。でも自分にはデザインは向かないと感じ、ファインアートの方に興味を持ちました。そして卒業後アメリカへ留学、美大でファインアートを勉強しました。 日本の美大ではファインアートの教育を受けた事がないのでアメリカの美大と比較することはできないのですが、自分にはきっとアメリカの方が合っていたのかと思います。 私が留学していた美術大学は主にデザイン、写真映像、ファインアートの3つに分かれて、基本的に専攻を決めるまでどの授業をとっても良く、専攻も変える事も出来るのでその自由で幅広い教育が受けられる事が魅力的でした。 そして何よりも素晴らしい先生方との出会いが一番自分にとっては大きかったです。 自分の作品についてきちんと言葉で伝えることの大切さ、技術的なことだけでなくコンセプトの立て方、発想の組み立て方などもさまざまな角度から学びました。 大学に隣接している州立美術館にもよく通い多くの作品に触れる事も勉強になりました。 ドローイングだけでなく絵画も版画も好きでしたが、その中でもドローイングが1番好きだったのはきっと油絵や版画ほどテクニックが必要なく、より直接的な表現ができる事が自分には合っていたのかもしれません。
川田: 繁田さんのWEBサイトを拝見しまして、作品の移り変わりがとてもよくわかります。以前はミクロコスモスのような作風に感じられましたが、今回出品していただいている作品にしても、手の動き、ドローイングの線描がはっきりとしたスタイルになりましたね。絵の具の自然な流動性や滲みなどを上手く作られていらっしゃいます。どういうきっかけでスタイルが変化し、どんなことを考えながら手を動かし、画面を作っているのか教えてもらえますか? 繁田: もともとアメリカの美大に留学していた頃からドローイングがとても好きで、線を描く事に興味を持っていました。版画も学び様々な種類の線の表現も作品に影響していたと思います。 卒業後も同じスタイルで描いていたのですが、段々と「慣れ」のような感覚、こう描くと良くなるという先が見えてきてしまうように感じ始め、今までの描き方を封印して自分に制約をかけてみました。 その頃ヴィリジアン・グリーンの色に興味を持っていたので、「その緑色一色、縦のストロークだけで描く」というルールを自分に課しました。すると線に対する自分の癖が消えて、光をより意識するようになりました。 緑の作品を長い期間描き続けて、最終的に画面が暗闇のようになった時に自分の中でやりきったと感じたので、また次に進むために新しく転写の技法を取り入れた作品を制作し始めました。この技法はアメリカのアーティストと交流展をしたときに、スタジオ訪問で教わりました。版画的な要素もあって面白いなと感じ、これが転写技法を使った作品シリーズの始まりです。 様々な写真を撮ってその一部分を顕微鏡のように拡大して転写し、その上から絵の具を更に重ねて層を作り上げていくというスタイルに変化しました。ベールを掛けたような質感にこだわったのもこの頃の特徴です。
繁田: この転写技法のシリーズも長く続けていくうちに、どんどん自分から離れていく距離感を感じるようになりました。するとまた以前のようなダイレクトに表現するドローイングを無性に描きたくなってきたのです。 ちょうどその頃、ずっと私の作品を観て下さったある美術評論家の方から「転写の作品は自分を奥に隠しているみたい。以前のドローイングの線は、誰もが描けるような線ではなく、持って生まれたものなのに、どうして描かないのか?」と指摘され、自分でも同じ事を感じていたのでドキッとしました。 以前のスタイルに戻ることは後退する事ではなく、年月がたった今、自分はどんな線が描けるのか、とても見たくなりました。 転写技法から離れて再び線を描き始め、今に至っています。 今は自分の身体に委ねて、自身の感覚を信じるように描いています。自然と今の自分が見ているものや感じていることが、画面に無意識に現れてくる、それは自分でも気づいていないものだったり。 自分から何が出てくるのか、怖くもありワクワクもあり。 “今”の自分をうつしとるように描いています。 川田: 繁田さんのドローイングは、何を描くか?ではなく、描画材と紙と対話しながらご自身の生身の感性の一瞬の軌跡を解き放つような感じがします。繊細で微妙な手捌きの中に、日本的な気骨、無心の境地や潔さも感じます。今の制作と以前のスタイルの制作との間に、ご自身の変化などありましたか? 繁田: 特にきっかけになるような事は無いのですが、やはり自分自身も年齢を重ねてきて、自分にとって何が大切なのか、何を美しいと感じるのか、よりシンプルに柔軟に受け入れて肯定できるようになってきたのかなと思います。余計な力が抜けてきたというか。 あと、50代からチェロを習い始めた事でしょうか。身体の動きがダイレクトに音となる事は、絵を描く事にとても共通していて、音楽を奏でるような感覚が制作にも影響していると思います。 もう一つ、ターナーのU-35というアクリル絵の具でグラファイトグレーという色との出会いがあります。もともとグラファイトでドローイングするのが好きだったのですが、アクリル絵の具でこの色を見た事がなかったので画材屋で気になり購入してみたら、とても気に入りポストカードサイズの紙に準備運動する感じで毎日何枚も描き、それが「piece」というシリーズになりました。 川田: 繁田さんの描くドローイングには、リズムやテンポ、間のとり方などの音楽的要素がある、と知ってから見ると納得いたします。低音の静かな響きと、作風がとてもマッチしているように感じます。 個展でチェロを演奏するようなイベントはされたことはあるのですか? 繁田: 私のチェロの先生が個展で演奏して下さった事はあります。機会があればチェロの即興演奏とライブドローイングをしてみたいです。
(後編につづく) 繁田 直美 作品

【目次】
1. 本の装丁画への採用とその背景




2. 日本の美大からアメリカの美大へ——ファインアートとの出会い
3. 作風の移り変わり:「緑のストローク」から「転写技法」へ
4. 身体感覚と“今”をうつしとるドローイングへの回帰
5. チェロの響きと絵画制作の共鳴